もともとのいのち

もともとのいのち

直指人心 見性成仏(じきしにんしん、けんしょうじょうぶつ)

直指人心と見性成仏は、それぞれ独立して使われる機会の多い禅の有名な言葉です。「直指人心、見性成仏(じきしにんしん、けんしょうじょうぶつ)」とまとめた方が理解しやすいです。私たちは想いを言葉や文字に置き換えますが、実際の心は、その枠を超えたものです。本来の自分を言葉、文字に閉じ込めて暮らしています。
もともとのいのち

自分を極める十牛図「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」

本質に気づき人生脚本をライフスキルに取り替えるブログです 源流から湧き出た一滴があなたです。あなたは神通川が行くがごとく一瞬を謳歌する一滴のきらきら、もともとのいのちを極める、 ...
もともとのいのち

自分を極める「十牛図」九の返本還源(へんぽんげんげん)

人から習えないことは、身をもって学ぶだけです。 その分、時間がかかり遅れる場合もあります。 身につけていた三毒が邪念となって、 悟りを遠ざけていても目を覚まします。 あなたの善良で優しい心である本質を思い出すのです。 十牛図は、良...
もともとのいのち

自分を極める「十牛図」八の人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう)

「十牛図」の八「人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう/にんぎゅうぐぼう」は、禅ではおなじみの空、円相になっています。 円相には「必要がものは全部あり、無駄なものはなにひとつない」という意味があります。 「十牛図」の七では、牛がいなくなって牧...
もともとのいのち

自分を極める「十牛図」七の忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん)

「十牛図」七番目の絵は「忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん/ぼうぎゅうそんにん)」です。 「忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん/ぼうぎゅうそんにん)」とは、もうすっかり牛のことも忘れて、ただあるだけの状態です。 牛がいなくなったことで、牛を探し、追...
もともとのいのち

自分を極める「十牛図」の六「騎牛帰家(きぎゅうきか)」

「十牛図」前半は、映画「マトリックス」で描かれた「仮想世界」 「十牛図」後半は、「現実世界」に似ています。 第六図「騎牛帰家(きぎゅうきか)」は、仮想現実と現実世界を往来できる通路です。 人はこの通路を発見できないので、「仮想...
もともとのいのち

自分を極める「十牛図」の五「牧牛(ぼくぎゅう)」

自分を極める「十牛図」5枚目の絵「牧牛(ぼくぎゅう)」では、牧人は暴れる牛を手なずけながら帰途につきます。 ここでいう手なずけるとは、煩悩を無分別智の炎で焼き尽くすことを指しているようです。 「牧牛(ぼくぎゅう)」の問いは「牛を...
もともとのいのち

自分を極める「十牛図」四の「得牛」

自分を極める「十牛図」4枚目は「得牛(とくぎゅう)」というように、やっと牛に追いつき、手綱をかけます。 ところが、牛は逃げだそうともがきます。 牛の力は強く、牧人も手綱を精いっぱい引っ張っています。 なぜ牛の力は強いのでしょう? ...
もともとのいのち

自分を極める十牛図 三の「見牛」

「十牛図」3枚目の絵「見牛(けんぎゅう)」では、ふと顔をあげてみると、牛の姿が目に入ります。 しかし、牛はまだ一部しか見えません。ここが「見牛」のポイントですね。 牛に「気づく」 「禅」では「気づき」がとても重要で...
もともとのいのち

自分を極める十牛図 二の「見跡」

「十牛図」2枚目の絵は、牧人が探し回り、牛の足跡を発見しました。 牛がどこにいるのか、ようやく手がかりつかんだ状態の絵が「見跡(けんせき)」です。 どんな意味があるのか、分析します。 見跡:自分の中にある良い資質の手ががり見つける...
タイトルとURLをコピーしました